鞄を愛する方々が集まって自費出版で鞄の本を出そうという
鞄をつくることを生業にしている者にとっては嬉しく感謝すべき計画が進行中で
その有志の執筆者のお一人に「懐中時計鞄」のオーナー様もいらっしゃいます。
そして先日、共同執筆者の7名のうち関東地区在住の5名が参集して
鞄の写真撮影と編集打ち合わせがあるからとお誘いくださり
万年筆くらぶ会長の中谷でべそさんのご自宅へお邪魔してきました。
皆様が持ち寄った普通ではない鞄たちが部屋中に敷き詰められて
その光景は凄いの一言。
なかなか揃って見ることのできない鞄達を目の当たりにして刺激的な1日でした。
また集まった方々は、万年筆や鞄など職人の心意気が感じられる物を愛好し
収集しながらも職人を育てていきたいと考えてくださっている凄い方々なので
美味しいワインとローストビーフでホロ酔いながらする話しがとても面白く
楽しいひとときを過ごさせていただきました。
今年の晩夏から初秋に発売予定の鞄の本、とてもおもしろい本になりそうですので
みなさま楽しみにお待ちくださいませ。

5月9日はツタンカーメン王の墓を発見したことで有名なエジプト考古学者
ハワード・カーターの生誕138周年を記念したドゥードゥルになっています。
1874年5月9日イギリス・ケンジントンで生まれたハワード・カーターは
動物の絵を描くことを生業にしていた父に教育を受け絵描きの才能を見いだし
1891年、17歳の時に遺跡発掘現場のスケッチ担当としてエジプトへ行きます。
イギリスでは高い教育を受けなかったものの、詳細な模写や考古学への情熱が
高い評価を受け、1899年から1903年までエジプトの考古局主席監督官
(遺跡監督官)を務めました。
気難しい性格から、30歳で遺跡監督官の地位を失いますが、考古学者として
イギリス貴族を中心に遺跡発掘の資金援助を受け、1916年からカーナヴォン卿の
援助でエジプトの王家の谷発掘を開始し、援助の契約が切れる1922年に
「世紀の発見」と言われるツタンカーメン王の墓を発見するのです。
『ついに谷で素晴らしい墓を発見した。豪華な墓で封印も無傷、元通り埋め直して
貴殿の到着を待つ』
ハワード・カーターがエジプトの地を初めて踏んで、30年目に手に入れた
前人未到の栄光でした。
王墓発見後、発掘のスポンサーとなったカーナヴォン卿が墓の公開直後に急死し
他にも発掘関係者数名が次々と不遇の死を遂げたので、当時のマスメディアで
"ファラオの墓の発掘に関係した者には呪いがかかり死ぬ"という話しが書かれ
「王家の呪い」または「ツタンカーメンの呪い」伝説が広まりましたが
ハワード・カーターは世間で噂された「ツタンカーメンの呪い」とは何ら関係なく
健康な人生を送り、1939年(64歳)で息を引き取りました。









手縫い鞄のオーダーメイド工房
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